スピードラーニングの矛盾

「聞き流すだけ」なのになぜ電話レッスンがあるの?

 

「聞き流すだけ」というキャッチコピーで人の目を惹くスピードラーニングのCMや広告をたくさん見かけます。

 

これを見ていておかしいなと思うことが私はあります。

 

「聞き流すだけ」なのに何で電話レッスンがあるの?ということです。

 

毎月お金を支払ってスピードラーニングの受講を続けていれば、月に10分間の電話レッスンを受けることができます。

 

(月に10分間という時間が十分かということはここではふれません)

 

CDで聞いたことを確認する場として電話レッスンがあったり、会話の練習のために電話レッスンがあるのだとは思います。

 

このように電話レッスンがあることは受講者にとってはいいことです。

 

実際に電話レッスンを提供している英会話教材はあまりないので、サービスとしてはありがたいです。

 

だけど、これって「聞き流すだけ」じゃないし、「聞き流すだけで英語が話せるようになる」という宣伝からも脱線しているように感じてしまいます。

 

電話レッスンがあるのなら、「聞き流しと電話レッスンで英語が話せるようになる」って宣伝するのが正しいと思います。

 

「聞き流すだけ」「聞き流すだけで英語が話せるようになる」というキャッチコピーと電話レッスンがあることは矛盾していると感じませんか?

 

どうして「聞き流すだけ」じゃなく、電話レッスンが用意されているのか、私はその理由が知りたいです。

 

もちろん学習効果を高めるためだったり、英語が話せるようになってもらうために電話レッスンはあるのだと思いますが、もしかしたら、「効果には個人差があります」という言葉のとおり「聞き流すだけで英語が話せるようになる」ということに自信がないから電話レッスンがあるのかもしれません。

 

でも、電話レッスンまで含めて英語が話せるようになるって言うんだったら「聞き流すだけで英語が話せるようになる」という宣伝は紛らわしいと思います。

 

たしかに宣伝上は「聞き流すだけ」という言葉を強調した方がより多くの人に興味を持ってもらえることでしょう。

 

しかし、そこに紛らわしさがあってもいいものなのでしょうか。

 

また、「聞き流すだけ」と言いながら、スピードラーニングの新聞広告には「聞く、話す、楽しむ」って書いてあったりもしました。

 

「これって聞き流すだけからちょっと発展してるじゃん!」とも言いたくなります。

 

結局は聞き流した後は、各自で話す練習をしてくださいよーということに感じてしまうのは私だけでしょうか。

 

それだったら聞くことも話すこともできる教材を使用した方がいいと思います。

 

「聞き流すだけ」ってことを強調して宣伝をしているけれど、それと矛盾した電話レッスンを提供していることを私はすごく気になってしまいます。

 

本当に聞き流すだけで英語が話せるようになり、それが効率的で近道な学習方法であれば、電話レッスンなど不要なはずです。

 

やはり、スピードラーニングの販売元も「聞き流すだけで英語が話せるようになる」ということに対して「効果には個人差があります」という言葉が表すように絶対的な自信はないのだと私は思います。

 

リスニングの効果については得られ、私も認めていますが、スピーキングについてはこのように曖昧な点は否定できません。

 

スピードラーニング第5巻